ヨルゴス・ランティモス監督とエマ・ストーンが再びタッグを組んだ『憐れみの3章』。
愛と支配をテーマにした3つの奇想天外な物語を、オムニバス形式で描いた作品です。
不穏さとユーモアが絶妙に絡み合うこの映画の魅力を、あらすじからネタバレまで詳しく解説します。
『憐れみの3章』作品情報
作品情報
作品名 | 憐れみの3章 |
劇場公開日 | 2024.9.27 |
上映時間 | 165分 |
監督 | ヨルゴス・ランティモス |
配給 | サーチライト・ピクチャーズ |
キャスト
- エマ・ストーン
- ジェシー・プレモンス
- ウィレム・デフォー
- マーガレット・クアリー
- ホン・チャウ
- ジョー・アルウィン
- ママドゥ・アティエ
- ハンター・シェイファー
受賞歴
- 第77回 カンヌ国際映画祭(2024年)
ジェシー・プレモンスが男優賞受賞
『憐れみの3章』のあらすじ(ネタバレなし)
『憐れみの3章』は、愛と支配をテーマにした3つの独立した物語をオムニバス形式で描いています。
同じキャストがそれぞれ異なる役柄を演じ、奇想天外な展開が不穏さとユーモアを交えながら観客を引き込みます。
ここでは、作品の核心に触れずにストーリーの概要をお届けします。
選択肢を奪われ、自分の人生を取り戻そうと格闘する男の物語。
第1章では、外部の力によって支配され、選択の自由を失った主人公が、自分の意志を取り戻すために必死に戦います。
支配の中で自由を求め、奮闘する彼の姿が丁寧に描かれています。
海で失踪し帰還するも別人のようになった妻を恐れる警察官の物語。
第2章では、海難事故から生還したものの、まるで別人のように変わってしまった妻に対し、警察官の夫が恐怖心を抱く様子が描かれています。
彼女の変化に戸惑った夫は、次第に異常な行動を取り始め、その行動が物語の緊張感を高めます。
卓越した教祖になると定められた特別な人物を懸命に捜す女の物語。
第3章では、卓越した教祖になる運命を持つ特別な人物を、必死で探し続ける女性の姿が描かれています。
彼女は、その教祖を見つけるために様々な手段を講じ、物語は緊迫感を持って進展していきます。
『憐れみの3章』の原題について
『憐れみの3章』の原題は「Kinds of Kindness」で、これは「優しさの種類」を意味します。
一見、親切は良いものとして捉えられますが、作品の3つの物語を通じて見えてくるのは、親切の複雑な側面です。
各章では親切の意図や結果が異なり、時には他者を支配する原因にもなりかねません。
ランティモス監督は、親切の背後にある意図を巧みに描写し、観客に多様な解釈を促します。
この作品は、優しさや人間関係の複雑さについて深く考えさせられる内容であり、親切が予期しない結果をもたらすことがあるということを教えてくれているのかもしれません。
『憐れみの3章』のあらすじ(ネタバレあり)
ここからは、『憐れみの3章』の詳細なあらすじと解説をネタバレありでお届けしますので、まだ観ていない方はご注意ください。
『憐れみの3章』の全体像
『憐れみの3章』は、愛と支配、そしてアイデンティティをテーマにした3つの独立した物語から成り立っています。
それぞれの章で、異なるキャラクターたちの物語が展開され、時に不穏な空気を漂わせながらも、ユーモラスな要素も織り交ぜられています。
物語はギリシャ悲劇をベースに構成されており、キリスト教の三連祭壇画を思わせるような章立てが特徴です。
監督のヨルゴス・ランティモスは、アルベール・カミュの戯曲『カリギュラ』からインスピレーションを得ており、「なぜ人は残虐な扱いを受けても逃げないのか?」というテーマを探求しています。
各章の詳細な解説を通じて、作品の深いテーマやキャラクターの心理を掘り下げていきます。
1章:R.M.F.の死-「支配と欲望」
人生の選択肢を奪われた男が、自分の人生を取り戻そうと葛藤する物語。
ロバートは故意にある男のBMWに衝突し、軽傷で済みます。
相手も無事で、後にロバートの元に1984年にジョン・マッケンローが壊したラケットが届きます。
このプレゼントは彼の雇い主、レイモンドからのもので、彼はロバートの生活を細かく把握しています。過去にロバートの妻が流産したのもレイモンドの指示だった。
次にレイモンドは、さらに高速での衝突を命じるが、ロバートは相手を殺すことを恐れ、これを拒否します。するとレイモンドは彼との絶交を宣告し、ジョン・マッケンローのラケットも取り上げます。
ロバートは生活がうまくいかず、妻も出て行ってしまう。そもそも彼が妻と出会ったのは、レイモンドの指示で気を引くため自傷し、口説いていた。
ロバートはバーで自傷し、リタを引き寄せるが、ディナー当日、リタが交通事故に遭い入院。お見舞いに行くと、病室にはレイモンドがいて、リタがBMWと衝突したことを知る。
ロバートは不審に思い、リタの家に侵入すると、部屋にはジョン・マッケンローのラケットがあった。
彼女がレイモンドの指示に従っていると悟ったロバートは、入院していたBMWの運転手を病室から引きずり出し、車で轢き殺します。
これをレイモンドに報告すると、彼は優しくロバートを迎え入れられるのでだった。
支配と欲望が複雑に絡み合い、主人公がその狭間でもがき苦しむ様子が描かれています。
2章:R.M.F.は飛ぶ-「愛と服従」
妻がまるで別人のように変わってしまい、その変化に恐怖を感じる夫。
警察官のダニエルは、海洋調査中に行方不明になった妻リズを思い、精神的に追い込まれてしまいます。
しばらくすると、リズが発見されたという報告が入ります。
彼女は衰弱していたものの命に別状はなく、重体のジョナサンも救出されましたが、他のメンバーは遺体で発見される。
リズが帰宅すると、飼い猫が彼女を威嚇し、お気に入りの靴が合わないことや、嫌いだったはずのチョコレートケーキを平らげることなど、様子が少しおかしい。
さらに、なかなか妊娠できなかったリズが妊娠したことがわかります。ダニエルはリズが別人になったのではないかと疑い始め、仕事にも影響が出てきます。
信号無視をした青年を捕まえた際、誤って彼の手を撃ってしまいます。リズの父親ジョージは、ダニエルの奇行を心配しますが、リズは彼をかばいます。
ダニエルは次第に食事を拒むようになり、ある日突然リズの指を食べたいと言い出します。リズはその要望に応え、自分の指を切り落とします。
さらにダニエルの欲望はエスカレートし、今度はリズの肝臓が食べたいと言い出します。リズはその要求に従い、自らの腹を切って肝臓を取り出し、絶命してしまいます。
しかし、その直後、玄関から新たなリズらしき人物が現れます。
彼の異常な行動が次第にエスカレートし、愛と服従の関係が破綻していく様子が描かれています。
3章:R.M.F.サンドウィッチを食べる-「信仰と盲信」
カルト教団の女性が、卓越した教祖になるべき人物を懸命に探し求める物語。
エミリーとアンドリューは、アナを死体安置所に連れて行き、彼女の死体に触れさせて蘇生能力を確認するが、アナにはその力はなかった。
二人はオミとアカがリーダーを務めるカルト教団に所属しており、教団のために教祖にふさわしい死者を蘇らせる人物を探しています。
教団に戻ると、エミリーとアンドリューは状況を報告しつつ、清浄な存在とされるオミと肉体関係を持ちます。
教祖の条件として求められるのは双子の女性で、一方がすでに亡くなっていることだった。
ある日、エミリーは夢の中で双子に会った経験があり、その夢にそっくりなレベッカに出会います。
しかし、エミリーは元夫に薬を盛られ、望まぬ性行為を強要された結果、不浄として教団を追放されてしまいます。
エミリーはレベッカに双子の姉であるルースに会ってほしいと頼まれるが、「双子の片方は死んでいなければならない」という条件に不安を感じていた。
すると、レベッカは水の入っていないプールに飛び込み、命を絶ってしまう。
エミリーは獣医として働くルースの元に、ケガをした犬を連れて行くと、犬はすぐに治癒する。エミリーはルースを眠らせて遺体安置所に連れて行き、彼女を遺体に触れさせると、驚くべきことに遺体は蘇る。
ルースが求めていた人物であることを確信したエミリーは、意識が朦朧としたルースを車に乗せて教団に向かうが、不注意から事故を起こしてしまう。
フロントガラスから飛び出したルースは血塗れになり、再び動くことはなかった。
信仰と盲信の境界をテーマに、宗教やカルトに対する鋭い視点が示されています。
『憐れみの3章』の注目ポイント「R.M.F.」とは?
「R.M.F.」の意味とは?
「R.M.F.」には、Redemption(救い)、Manipulation(操作)、Faith(信仰)という解釈があるようです。
Redemption:救い
Manipulation:操作
Faith:信仰
しかし、最初の「R」は救いよりもReliance(依存)を示すのではないかという意見も存在します。
「R.M.F.」にはさまざまな解釈があるものの、映画評論家の町山智浩さんによれば、ランティモス監督は「特に意味はない」と語っているそうです。
「R.M.F.」の男の正体とは?
『憐れみの3章』の冒頭に現れる男は、「R.M.F.」と刺繍されたシャツを着ており、謎めいた雰囲気を漂わせています。この男の正体について少し考察してみましょう。
「R.M.F.」の男は、各章で異なる役割を果たすキャラクターです。
- 1章:BMWの車で事故に遭う男
- 2章:捜索隊のパイロット
- 3章:屋台のサンドイッチ屋の客
特に第3章では、屋台のサンドイッチ屋の客として再登場し、まるで生き返ったかのように物語が締めくくられます。
観客の中には、彼をただの人や謎の人物だと感じる人もいるかもしれませんが、これはランティモス監督の遊び心が反映されています。
「R.M.F.」の男は、作品全体に一貫性を持たせ、観客にさまざまな解釈を促す重要なキャラクターです。
彼の正体は観客に委ねられており、各自が自分なりの解釈を楽しむことができる、非常に興味深い存在です。
「R.M.F.」の男を演じているのは、なんとランティモス監督の公証人で、俳優ではないそうです。
『憐れみの3章』予告編の音楽に注目!その隠れた名曲を解説
『憐れみの3章』の予告編で流れる曲は、1983年にリリースされたユーリズミックスの名曲「Sweet Dreams (Are Made of This)」です。
世界的なヒットを記録したこの楽曲は、映画の不思議でミステリアスな雰囲気と見事に調和し、その独特なメロディとリズムで作品の世界観をさらに引き立てています。
「Sweet Dreams (Are Made of This)」の魅力とは?
「Sweet Dreams (Are Made of This)」は、シンセサイザーの独特な音色とキャッチーなメロディで時代を超えて愛されている名曲です。
歌詞には夢や欲望、コントロールといったテーマが込められていて、まさに『憐れみの3章』の「愛と支配」のテーマと絶妙にリンクしています。
さらに、この楽曲のミュージックビデオは、当時の映像表現としては非常に斬新で、今見てもそのクールさが色あせないところが魅力です。
「Sweet Dreams 」のMVは コチラ
エマ・ストーンが魅せたダンスシーン!流れていた曲はこれだ!
『憐れみの3章』第3章のハイライトとも言えるのが、エマ・ストーンの駐車場でのダンスシーンです。
このシーンで流れるのは、スウェーデンのアーティストCOBRAHによる「Brand New Bitch」。
この曲のエネルギッシュなリズムが彼女の独特なダンスに見事にマッチしており、視覚と音楽が一体となった印象的なシーンを作り出しています。
「Brand New Bitch」のMVは コチラ
COBRAHさんは1996年生まれのアーティストで、彼女の楽曲「Brand New Bitch」は2022年にリリース。新しい世代の音楽シーンを代表する注目の存在ですね。
まとめ
『憐れみの3章』は、一見独立した3つの物語が、愛、支配、信仰という普遍的なテーマで巧みに繋がり合う構成になっています。
各章で俳優が異なる役柄を演じるものの、「R.M.F.」というキャラクターだけが一貫して登場し、ランティモス監督らしい独特の演出によって、全体に不思議な一体感が漂います。
ギリシャ悲劇やカミュの思想を取り入れた物語は、人間の本質を問いかけ、「なぜ人は不条理な状況にあっても従い続けるのか?」という深遠なテーマに挑戦しています。
キャラクターたちの選択や葛藤は、観客に強い印象を残し、彼らの運命に対して様々な感情を抱かせます。
ユーモアと不気味さが絶妙に融合した独特の世界観は、観る者を引き込み、作品全体の魅力をさらに際立たせています。
この感覚は、まさにランティモス作品ならではの醍醐味です。